【日本と欧米の根本的な違い】発見!異文化コミュニケーション#012

【日本と欧米の根本的な違い】発見!異文化コミュニケーション#012

こんにちは!

 

伝え方研究所の杉です。

 

私がシドニーで海外生活をスタートしてから、

1年が経ちました。

 

これまで海外でみつけた

伝え方や文化のちがいをつづってきましたが、

12回の節目となる今回は、

日本と欧米の「根本的な」

コミュニケーションスタイルの違い

を深掘りします。

 

ネットの影響で世界は近くなったとか、

グローバル化が進んだとか

いろんなことが言われますが、

やっぱり日本と海外は

「ぜんぜん違う!」と感じる場面が

けっこう、あるのです。

 

よく言われるのは、

“日式コミュニケーション”は

「めちゃくちゃハイコンテクストである」

ということ。

 

コンテクスト、つまり文脈から

相手の言いたいことを察することができる

ということです。

言いかえると、話者どうしの

文化的な共通認識が多いからこそ

成り立つコミュニケーションなのです。

 

これに対して、

オーストラリアやアメリカ、

イギリス、オランダ、

ドイツなどでのコミュニケーションは

「ローコンテクスト」

と言われます。

 

社会が多様性に富んでいるからこそ、

誤解を生まないよう

あいまいな表現を避け、

誰にたいしてもシンプルで

分かりやすい伝え方が

望ましいとされています。

 

これらのコンセプトは

いまから約50年前に

アメリカの人類学者によって

提唱されたものですが、

そこで日本はまさに

ハイコンテクスト文化の「極」

に位置づけられていて、

欧米諸国とは正反対なのです。

 

 

 

日本人らしい「暗黙の了解」

 

たとえば、次のような場面のやりとりは

非常に“日本人らしい”ハイコンテクストな

コミュニケーションと言えるかもしれません。

 

 

<<ある会社のひとコマ>>

田中(部下):おつかれさまです。
山川(上司):おう、おつかれさま!そういえばあのプロジェクトのプレゼンの準備は終わった?
田中:あ、はい!終わりました。
山川:そうか、田中くん。実はこっちはまだ準備が片付いてなくて。他にもやることがたくさんあってね。早く自分の分の準備に取りかからないといけないんだけど……。
田中:そうなんですね……何かお手伝いしましょうか?

 

注目したいのは、

部下の田中さんの最後のセリフ。

 

田中さんは上司の山川さんから

直接的に何かをするよう

頼まれたわけではないにもかかわらず、

 

「上司の山川さんは、

私に手伝ってほしいと思っているかもしれない」

 

と想像して、このように発言したわけです。

 

つまり、口から発せられる言葉そのものの他に、

状況や文脈(コンテクスト)の

情報を読みとっている点で、

「非常にハイコンテクストなコミュニケーション」

と言えるのです。

 

一方で、ローコンテクストな

文化が浸透している社会では、

上司が同じように伝えても、

部下の田中さんの助けは期待できません。

 

仮に上司の山川さんが

「田中さんに手伝ってほしい」

と思っていたとしても、

 

山川:そうか、田中くん。実はこっちはまだ準備が片付いてなくて。他にもやることがたくさんあってね……。

 

という伝え方をした場合、そこに

 

「手伝ってほしい」

 

という文字情報が含まれていないので、

部下の田中さんからは

 

「そうなんですね。うまくいくよう願っています!」

 

と返されるのが関の山でしょう。

 

このように、

ローコンテクストなコミュニケーションでは

 

「やり取りされる言葉の中に基本的には

必要な情報はすべて含まれるはずだ」

 

という共通理解があり、手伝ってほしいならば

 

「手伝ってくれませんか」

 

と明示する必要があるのです。

あるアメリカ人女性の“ビックリ体験”

 

日本は島国であり、

人種や家族のルーツという点では、

海外とくらべて多様性にとぼしく

画一的という特徴があります。

 

シドニーで出会ったアメリカ人女性が、

この点について次のように指摘していました。

 

「日本はみな同じであることが
良いとされがちだけど、
アメリカでは、みな違うことが良いとされる。
この違いがおもしろい」

 

じつは彼女は、日本のある地方の高校で、

ELT(英語指導講師)として

働いた経験があります。

 

日本の学校では、アメリカとちがって、

先生が生徒にたいして

みな同じようにふるまうよう指導していた印象が

つよく記憶に残っているというのです。

 

そんな彼女が、

日本での生活をスタートしてまもない

ある暑い夏の日のこと。

 

職員室で、

大胆な肩出しルックの服装で

仕事していたとき、

教頭先生から

こう話しかけられたそうです。

 

「あの……寒いですか?」

 

これに彼女は、こう即答しました。

 

「いえ、全然寒くないです!むしろ暑いくらいです」

 

それを聞いた教頭先生、

ひと呼吸おいて、もう一度尋ねました。

 

「……寒いですか?」

 

彼女は、戸惑いました。

 

(どうして何度も

寒いかどうか聞いてくるんだろう?

真夏だから寒いわけがないのに……)

 

でも、寒いか寒くないかと聞かれれば、

やはり寒くないので、

 

「いえ、寒くないです……」

 

と答えて、その場は収めたといいます。

 

その後、月日が流れて

日本の生活に慣れてきたころ、

彼女はようやく教頭先生の質問の

真意がわかったといいます。

 

「教頭先生は
寒いか寒くないかを
聞きたかったわけではなくて、
私の両肩を出す格好が、
多感な男子高校生が多い
教育現場にふさわしくないと思ったから、
なにかを羽織って肩をおおうよう
伝えたかったのね。
でも、それを直接的に伝えると、
私の気を害すると思ったみたい」

 

これぞまさに、

日本のハイコンテクスト文化と、

アメリカのローコンテクスト文化の

間に吹いた、すきま風。

 

あいまいな以心伝心が「気遣い」として

尊重されることがある日本に対して、

人種の“るつぼ”、アメリカで育った人は、

明確な言葉にして伝えるよう

徹底して教育されていることからくる違いです。

 

「私、気づいたの。
日本語って、じつは2種類あることに。
言葉そのものの意味を
かんぺきに学んだとしても、まだ半人前。
相手が思っていることを察するという
別の超能力みたいな言語も
マスターしなければ、
一人前の日本語話者にはなれないの」

 

彼女はこう冗談めかして笑いました。

 

 

沈黙しない外国人

 

筆者が1年暮らした

オーストラリアで生まれ育った人々も、

アメリカと同じく

ローコンテクスト文化に浸かっています。

ですから、基本的に、クリアな言葉で

情報を伝え合うスタイルに慣れています。

 

ハイコンテクストな日本とは

やはりいろんな面で違うのですが、

とくに印象深かった特徴の一つは

 

「けっして沈黙しない!」

 

ということ。

 

日本人の私としては、

友達との会話や職場での会話で

ふいに数秒の沈黙が訪れたとしても、

そこまで不快に感じることはありません。

 

だれかから質問された際、

数秒だまって考えることで、むしろ

「その質問に向き合い、じっくりと考えた」

という姿勢を、

ポジティブに示す場合さえあると思ってきました。

 

ところが、

私が知り合った

多くのオーストラリア人の場合、

ふいに沈黙が訪れると

居心地が悪そうなのです。

 

あるオーストラリア人はこう解説します。

 

「質問して2〜3秒、
なにも反応がなかったら
不快というか、すごく変な感じがする。
質問の答えがわからないか、
こちらの聞き方が悪かったのかもと思って、
重ねて別の聞き方をしたりするね」

そういえば、

オーストラリア人は

質問の答えに即答できない時であっても、

かならず

「Wow, that’s a good question!

(わ、それは良い質問だねえ!)」

などとひとまず反応して、

考えるための時間を稼いでいます。

 

沈黙が気まずいか気まずくないかは、

ハイコンテクストか、ローコンテクストか

というコミュニケーション文化によるのです。

 

「お客様は神様だ」はあり得ない

 

ハイコンテクストなコミュニケーションは、

話者の階級(クラス)や

社会的な役割にも大きく左右されます。

 

日本語を学ぶ外国人がよく

「敬語がむずかしい」と話すのを耳にします。

 

もちろん、敬語には

①尊敬語 ②謙譲語 ③丁寧語 

というように分類がたくさんあり、

表現自体を覚えるのに

時間がかかるという側面もあります。

 

ですが、それ以上に、だれに対して

どの表現を使えばよいかに関して、

とっさの判断に迷う面が大きいようです。

 

アメリカやオーストラリア、イギリスといった

ローコンテクストな社会で話される英語には、

相手の社会的階級に対応する

敬語表現は用意されていません。

 

それもそのはず、そもそも

相手が上司であろうと部下であろうと、

コミュニケーションのやり方が

日本ほどガラッと変わる場面には

ほぼ遭遇しないからです。

 

それは職場だけでなく、

スーパーや郵便局など

ものを売り買いするお店でも同じ。

たとえばカフェで注文をする際に

ウェイターからいきなり

 

「Hi, I like your outfits!
(その服装いいねえ!)」

 

と話しかけられたり、

マンションの管理人からのメールのひと言目が

 

「Hey, mate!(やあ、友達!)」

 

だったりすることが日常茶飯事です。

 

サービスの提供者とお客さんは

基本的には平等であり、

上下関係を連想させる

「お客さまは神様である」という考えは

なじまないのです。

 

日本でも、

「お客さまは神様だ」と公言する人は

いまでこそ減ってきたように見えますが、

それでも「お客さまを優先的に、

そして丁重に扱うべきだ」という考えは

けっして色褪せていないでしょう。

 

家族や友達に対して取る

コミュニケーションのやり方と

職場やお客さんに対する

コミュニケーションのやり方は

ガラッと変わるという人が少なくありませんが、

やはりそれは、

日本でのコミュニケーションの

大事な要素の一つに

「上下関係」が含まれているからです。

 

ハイコンテクストなコミュニケーションでは

この上下関係を見誤ってしまった場合、

「チームの関係性を乱した」

「コミュニケーション力が低い」

とかいうように評価され、

職場から疎外されるケースにまで

発展するリスクがあるのです。

 

 

言いたいことを言ってみる勇気も、たまには必要

 

一時期、「忖度」という言葉が

社会を席巻しました。

 

その前には、「KY(空気読めない)」という

言葉が流行したこともありました。

 

いずれも根底にあるのは、

(直接的な言葉にたよらず)相手の気もちを

察することを美徳とする価値観です。

 

さらに、タスクそのものをうまく運ぶよりも

上下関係などチーム内の

関係性を乱さないことを重視し、

オープンなグループよりも、

ウチとソトの境界線を強調する考え方が

「忖度」や「KY」という言葉から

透けるように見えます。

 

たしかに、思ったことすべてを口にするのは

角がたつように感じられますし、

日本人ならではの「優しくマイルドな言い回し」に

癒やしを感じる場面もあるでしょう。

 

いっぽうで、海外と比べて

日本人の幸福度がきわめて低い

というデータもあり、

その要因の一つには、

「忖度」や「KY」に象徴される

「ムラ社会的なコミュニケーションの息苦しさ」

があるような気がしてなりません。

 

オーストラリアをはじめとする

ローコンテクストな文化では

言葉そのものに重点が置かれるため、

「言いたいことをオープンにして良い」

「相手の発言を疑問に思ったら議論すれば良い」

「いろんな意見がぶつかり合うのは良いことだ」

という社会的な合意があり、

日本のスタンダードとは真逆です。

 

オーストラリアのようなローコンテクスト社会は、

ハイコンテクストな日本でよく聞く

「言いたいことがあるのに言えない」

というモヤモヤとは無縁とは言いませんが、

少なくとも日本よりは「すっきりした顔」で

コミュニケーションをとっている人が多いと、

個人的には感じました。

 

おわりに

 

さて、今回は、

日本と海外のコミュニケーションを隔てる

文化の違いをまとめました。

 

コミュニケーションにおける

「息苦しさ」を感じる場合、

見えない相手の期待に応じようとして、

背伸びをしているかもしれません。

 

あるいは、

自分の本心より相手の想いや

チームの暗黙のルールを優先して、

言いたいことを噛み殺しているかもしれません。

 

そのまま「つつがなく進む」形式的な

やり取りに身をゆだね、

有機的なコミュニケーションをとる

努力そのものをやめてしまうのも

社会における“生存戦略”としては

アリかもしれませんが、

それでは個人の「幸福度」を減じることに

つながりかねず、

持続可能なようには見えません。

それに、仕事に対するヤル気や愛着も、

削がれてしまいかねないでしょう。

 

オーストラリアの

1年の暮らしを通じて見えたもの。

それはローコンテクストなコミュニケーションの

「良いところ」を少しだけ取り入れることで、

日本の「息苦しさ」がちょっとだけ

減るのではないかという期待感です。

 

少しだけ勇気を出して

自分の気持ちを伝えようと

トライ&エラーする人が増え、

相手も話し手のその努力を

受け止める練習をすることで、

組織や社会の風通しは

少しずつよくなっていくのではないか。

そんな希望を感じています。

 

参考:筆者の体験談をもっと読む

 

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