2021年08月20日

そのままの自分で、泳ぎ続ける——名言で振り返る入江陵介

そのままの自分で、泳ぎ続ける——名言で振り返る入江陵介

2021年、4回目のオリンピック出場を果たした競泳の入江陵介選手。
美しい背泳ぎのフォームで注目を集め、数々の大会で優勝・入賞をはたしたトップアスリートです。

 

今回の東京五輪で、メダルを手にすることはありませんでした。
しかし、これまで数多くの名言を残し、たくさんの人を勇気づけてきました。

 

高すぎる「世界」という壁に立ち向かい、折れそうになる自分の心を何度も奮い立たせる――。
そんないばらの道で生まれた名言を、入江選手の軌跡をふりかえりながら、ご紹介しましょう!

 

 

一気に注目が集まったロンドンオリンピック

 

入江選手に注目が集まりだしたのは、初めてオリンピックに出場した2008年ごろ。
おでこに立てたペットボトルを倒さずに背泳ぎする姿から「世界一美しいフォーム」と世界に衝撃をあたえました。

 

しかし、周囲の期待に反し、この年の北京オリンピックは5位、メダルなしに終わります。

 

入江選手は後に、「周囲から『残念だったね』と声を掛けられるのも、追い討ちをかけられるようだった」と振り返っています。

 

一時は家から出られなくなるほど、失意のどん底に……。

 

しかし、雪辱を果たすため、猛練習を重ねました。

 

それから4年後の、ロンドンオリンピック。
入江選手は、なんと背泳ぎ100m・200mの両方でメダルを獲得しました。

 

4年越しの悲願の達成。普通だったら、自分のことで頭がいっぱいになってしまいそうなもの。

 

しかし、直後のインタビューで発したのは、こんな意外なコメントでした。

 

(日本の)競泳は27人で1つのチーム。
最後の男子リレーの自由形の選手がタッチするまで、27人のリレーは終わらない

 

競泳は、基本的に1人で泳ぐスポーツです。
ですから、ほかの選手の結果は、自分の競技の結果には影響しません。

 

にも関わらず、初めて栄光をつかんだ次の瞬間に、同じチームの競泳選手の気持ちを考える。
このコトバに、入江選手の視野の広さを感じます。

 

強さの秘訣は、自分の力だけで完結しようとしない「チーム意識」にあるのかもしれません。

 

入江選手はさらに、この大会の男子400mメドレーリレーに出場し、日本男子で史上初となる銀メダルにも貢献しました。

 

 

このレース、実はもうひとつの名言も生まれています。

 

康介さんを手ぶらで返すわけにはいかない

 

当時の主将、松田丈志さんのコトバですね。2012年の流行語候補にもなりました。

 

個人でメダルを逃した北島選手に、なんとかメダルを――。

 

その情熱がチームの結束力を高めることで、実力以上の快挙を生み出したのです。

 

ロンドンで入江選手が手にしたメダルは、どれも「絆の力」で勝ち取ったと言えるでしょう。
そして3つものメダルを持ち帰った入江選手は、日本の競泳界のスターに仲間入りしたのです。

 

 

 

リオデジャネイロの悲劇

ロンドンオリンピックで勢いをつけた入江選手は、国内外の大会で次々に好成績を収めていきます。

 

ロンドンで2012年に獲得したメダルは、銅と銀。
周囲はもちろん、入江選手自身も「次こそ金を」と意気込んでいたに違いありません。

 

自身を追い込み、水泳漬けの日々を重ねて迎えた2016年のリオ五輪。
待っていたのは、メダル0個という過酷な結末でした。

 

一度も表彰台に上がることのできなかった入江選手は、こんな気持ちを吐露しています。

 

賞味期限切れなのかな

 

アスリートが戦うのは、ほかの選手だけではありません。
年齢とともに変わりゆく、自分自身とも戦い続けなければなりません。

 

体の変化についていけなくなったら、賞味期限の切れた食べ物と同じように、価値をうしなってしまう。

 

入江選手のコメントは、そんなアスリートの厳しさが凝縮されたコトバでした。
オリンピックで勝てなかった悔しさ以上の絶望感が表れています。

 

「入江選手が、本当に引退してしまうかもしれない…」

 

そう思った人は少なくなかったはず。

 

SNSでも、「涙が止まらない」「そんな悲しいことを言わないで」「賞味期限切れなんかじゃない!」と応援する声がたくさんありました。

 

 

 

異国の地で心機一転

リオ五輪で大きな挫折を経験した入江選手ですが、その後も戦うことをやめませんでした。

 

とはいえ、傷が癒えたわけではありません。

 

立て直しのために入江選手がとった行動は、練習の拠点をアメリカに移すことでした。
名だたる競泳選手を生み育てた地で心機一転、自分を鍛えなおすことにしたのです。

 

現地では、衣食住すべて自分でやらなければいけません。
日本での「水泳漬け」の日々とは違った生活を送るうちに、気持ちに変化が現れました。

 

本当にポジティブになりたいのであれば、ネガティブな自分を受け入れることです。
そして、そのままの自分で歩き続けることだと思います

 

これは、入江選手が自著にしたためたひと言です。
(「それでも、僕は泳ぎ続ける。心を腐らせない54の習慣」入江陵介著/KADOKAWA、2020年)

 

「自分のネガティブな面を直したい!」と思う人は少なくないでしょう。
かといって、ネガティブな自分を押さえつければ、本当に「ポジティブな状態」になるのでしょうか。

 

後ろ向きな自分がいてもいい。でも、それにとらわれて立ち止まりはしない。
そんな「自分との付き合い方」を学べるひと言です。

 

入江選手は「もとから考え込みやすい性格」と自身で明かしています。
これまでも「辛かった」「辞めたいときもたくさんあった」といったコメントをたびたび残し、常にポジティブな気持ちでいたわけではないことが分かります。

 

しかしアメリカでは、どんなにヘコんでいても、生活のために、運転したり、自分で食事を作ったりしなければいけません。
後ろ向きな気持ちを抱えたままでも、変わらず毎日を過ごした結果、前よりもポジティブな自分に出会えたというのです。

 

自分のありのままの気持ちを常に観察し、ちいさな変化にも敏感でいる。

 

一流のアスリートの実体験に基づくコトバは、重みと説得力がありますね。

 

 

 

 

入江選手に学ぶ、先の見えない日々の過ごし方

入江選手4度目のオリンピックとなる東京大会は、まさかの延期。
2020年に向けて準備を進めてきたアスリートたちにとって、1年の延期は痛手です。

 

オリンピックの中止を求める声も上がり、先行きは不透明。
モチベーションの維持が難しい日々が続きました。

 

そんななか、入江選手が意識していたことがあります。

 

まずは目の前の練習をおろそかにせず、課題をクリアし、1日1日を大切に丁寧に過ごそう

 

先が見えない状況で、入江選手は毎日小さな課題を自分に与えていたといいます。

 

例えば「今日はフォームを意識して泳ぐ」、「今日はウェイトトレーニングをこれだけする」といった感じです。

 

それをクリアし続けることで、モチベーションを保ったそう。

 

この考え方は、一流アスリートだけではなく、私たちの生活にも応用できそうです。

 

キャリアの途中、何を目指すべきか分からなくなることがあるかもしれません。
そんなときは、小さな課題を設定してみましょう。

 

ひとつずつクリアする達成感が積み重なれば、きっとモチベーションを保つことができるでしょう。

 

 

 

コロナ禍で見つけた「スポーツの価値」

延期された1年は、アスリートにとっては途方もなく長い期間。
入江選手のモチベーションを支えてくれたのは、アメリカ生活で鍛えたメンタルでした。

 

ただ、悩んだのは自分の内面のことだけではありません。

 

――どんなに素晴らしい泳ぎを見せても、人の命が救えるわけじゃない。
それなら、スポーツには何ができるのか?

 

コロナ禍で突きつけられた新たな問い。
それは、「スポーツの本当の価値とは、何か」でした。

 

 

答えが見つからないまま迎えた代表選考会。

 

白血病で長く療養し、大きなハンディキャップを負っていた池江璃花子選手が、なんと100mバタフライで優勝しました。

 

自分と同じ競泳選手が、一時はだれの目からも「絶望的」と思われた東京オリンピックの出場権を勝ち取り、うれし涙を流している――。

 

その姿に、入江選手はこう語っています。

 

「スポーツに何ができるか」と問われると正直分からないところがあるけど、璃花子の泳ぎを見ていると、水泳選手としてだけではなく人間として勇気づけられる。
スポーツの力はこういうことなんだ

 

アスリートである自分たちにできるのは、人の心を動かすこと。
それが、入江選手の答えでした。

 

「水泳選手としてだけでなく」という言葉から、アスリートの立場を超え、ひとりの人間として感じた「純粋な感動」が伝わります。

 

「このご時世にオリンピックなんて…」と思う一方、いざ始まれば選手たちのプレーに引き込まれたという人も少なくないはず。

 

それこそがまさに、入江選手の言う「スポーツの力」なのかもしれません。

 

入江選手は、背泳ぎ100mと200mの両方で1位通過を果たしました。

 

 

 

「悔いはない」4度目のオリンピック

スポーツの力を信じ、迎えた東京オリンピック。

 

入江選手は男子背泳ぎの100mと200m、そして400mメドレーリレーに出場しましたが、表彰台に立つことはありませんでした。

 

しかし、背泳ぎ200mでは過去4回の五輪すべてで決勝に進出。
10年ものあいだ第一泳者をつとめた400mメドレーリレーでは、今回、日本記録を更新しました。

 

すべての競技を終えたあと、入江選手はこんなコメントを残しました。

 

東京オリンピックの決勝の舞台に立てて、泳ぐことができたので、悔いはないかな

 

結果としては、リオデジャネイロと同じメダル0個。

 

それでも、入江選手の表情は、雨上がりのように晴れやかでした。

 

表彰台には上がらなかったとしても、堂々と泳ぐ姿や毅然とした態度に感動した人も少なくないでしょう。

 

競技の後に、声を詰まらせながらもインタビューの受け答えをする姿に、見ているこちらが涙をこぼしてしまいました。

 

 

 

「自分との付き合い方」を教えてくれる入江選手のコトバ

 

今回は、入江選手の歩みを、名言とともに振り返りました。

 

山と谷が入り交じった競泳人生。
私たちにとっても、励みになるコトバがたくさんありました。

 

辛いときは無理に乗り越えようとせず、受け入れて歩き続ける。

 

そんな考え方が凝縮されたコトバが、とくに印象的でした!

 

入江選手、ほんとうにお疲れさまでした!

 

 

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